2020/01/01

 宗圓寺(そうえんじ)は、西本願寺のお寺です。名古屋は西本願寺のお寺が少なく、「なかなか西本願寺の寺が見つからない」といわれます。新たに寺をお探しの方、故郷にお手次寺があるけどこの地でお参りできる寺を探したい方、当サイトをご覧いただきましたらどうぞ、宗圓寺にご連絡ください。名古屋の中心に所在しますから、市内全域はもちろんその周辺までお伺いできます。そして何よりも、丁寧な読経を心がけています。
 宗圓寺ホールは、宗旨や業者を問わずどなたでも葬儀にご利用いただけます。落ち着いた雰囲気で、家族葬や小規模葬に最適です。
 お参りできる場所があることの安心は大きいと思います。新たなご仏縁に感謝いたします。  合掌


春には境内の桜が見事に咲きます
 

2017/10/01

今月の言葉(2017年10月)

 ※「今月の言葉」は、山門と通用門脇の各掲示板に毎月初めに掲示します。
    (山門脇の「言葉」は、真宗教団連合発行の「法語カレンダー」より)
 ※恥ずかしながら、住職が揮毫した「言葉」を掲示しています。


今月の言葉(A)
「ねてもさめてもへだてなく 南無阿弥陀仏をとなうべし」
                    (親鸞聖人作『正像末和讃』より)

和讃全文
 弥陀大悲の誓願を
  ふかく信ぜんひとはみな
  ねてもさめてもへだてなく
  南無阿弥陀仏をとなふべし

現代語訳
阿弥陀仏の大いなる慈悲の本願を深く信じ る人は、みなともに寝ても覚めても変わりなく南無阿弥陀仏の名号[みょうごう]を称えるがよい。
※名号・・・仏様のお名前。ここでは浄土真宗のご本尊である阿弥陀如来のお名前であり、「南無阿弥陀仏」のこと。



今月の言葉(B)
「家庭に お念仏の灯を」
         (東井義雄師)

お念仏は「南無阿弥陀仏なもあみだぶつ」と称えること。“灯[ともしび]”はあかり。
お念仏をは家庭を照らし、明るくする。暗い家庭ではいけません。暗くては何も見えません。明るければ私も見えるし、家族も見える。私の“我”も見えるし、仏様も見える。私は照らされていました。
お念仏の灯が灯り続くように、お念仏を次代に伝えましょう。なかなかひとりでには伝わっていきません。財産の相続を考えるように、お念仏の相続も考えたいと思います。財産とお念仏では、どちらが暮らしの基本になるのでしょうか。



<“AMD48”をご存知?>

音楽好きの住職ですが、アイドル系はちょいと苦手。今もAKB48の人気は絶大なのでしょうか。
ところで、AKB48やSKE48ならぬ“AMD48”をご存知ですか。
住職が勝手に命名したのですが、AMiDa48、つまり『仏説無量寿経』にある「阿弥陀仏の四十八願」のことです。
浄土真宗のご本尊である阿弥陀仏が仏になる前の修行中、48の誓願を建て、その願いが実現しないうちは仏にならないと誓われました。「本願」といわれる18番目の願(第十八願)が特に重要で、「すべての人をお浄土に生まれさせる」と誓われた“願”です。

2017/08/31

今月の言葉(2017年9月)

 ※「今月の言葉」は、山門と通用門脇の各掲示板に毎月初めに掲示します。
    (山門脇の「言葉」は、真宗教団連合発行の「法語カレンダー」より)
 ※恥ずかしながら、住職が揮毫した「言葉」を掲示しています。


「願力無窮にましませば 罪業深重もおもからず」
                     (親鸞聖人『正像末和讃』より)

和讃全文
 願力無窮[むぐう]にましませば
  罪業深重[ざいごうじんじゅう]もおもからず
  仏智[ぶっち]無辺にましませば
  散乱放逸[ほういつ]もすてられず

現代語訳
阿弥陀仏の本願のはたらきにきわまりなく、どれほど深く重い罪もさわりとなることはない。阿弥陀仏の智慧のはたらきは果てしなく、散り乱れた心で勝手気ままな行いをするものであっても見捨てられることはない。

※本願・・・それが完成しなければ仏(真理をさとったもの)にならないという誓いをともなっているので、誓願といわれる。阿弥陀仏の衆生救済のための根本となる願い。



「胸に手をあててみる 心ぞうが動いてる 私のために」
                                     (東井義雄師)

息を吸う、息を吐く、私の意志で?
足の裏はどんな気持ちで私を支えている?



<9月は“お彼岸”>

彼岸(かの岸)とは、生死の迷いを超えた“さとりの世界”のことです。迷いの世界である此岸[しがん]に対する語で、梵語パーラミター(pãramitã 音訳「波羅蜜多」)の意訳である“到彼岸”の略です。

秋の彼岸の中心となる「秋分の日」は、祖先をうやまい、なくなった人びとをしのぶ日とされます。

墓前で手を合わせる時、いのちの縦糸を手繰ることができるはず。自分のいのちや生き方に、遠い先祖からの願いが掛かっていることを知るよい機会になることでしょう。


2017/08/30

境内のインド菩提樹
  ・・・NHKテキスト『趣味の園芸』に登場

菩提[ぼだい]といえば梵語ボーディ(bodhi)の音訳で、意訳ならば覚、迷いを離れたさとりの智慧のこと。そして、菩提樹は、お釈迦様がその下で悟りを開かれたことで有名な木です。

菩提樹は宗圓寺境内にも植わっており(本堂南、広小路側 右の写真)、その菩提樹がNHKテキスト『趣味の園芸』8月号に登場しました。

そのインド菩提樹を20数年前に先代住職の要望に応えて植えたのが、前住職の甥にあたる宗圓寺北隣の名古屋園芸株式会社社長小笠原誓さんです。

熱帯のインドでこそ育つこの木を、幼木のころには様々な養生をしながら5mほどまで育ててくれました。ただ、成長には地球温暖化の影響もあるとか。

実際の放送日(8/20)には、テレビカメラによる現地の取材映像が放送されました。


<山門脇の桜>

この菩提樹よりみなさんに親しんでいただいているのが、菩提樹のすぐ東の山門脇にある桜(ソメイヨシノ)です。せっかくですから、この桜についても一言。

この桜を植えたのが、上記誓さんの父上(名古屋園芸創業者、先代社長)である小笠原左衛門尉亮軒さん。住職の叔父です。戦後すぐ、まだ学生の頃のことだそうです。(NHKテキスト『趣味の園芸』創刊500号記念号より)

実際には何本か植えたそうですが、現在の1本が残りました。



本堂・ホール内部を360度画像で公開
        ・・・・・GoogleMapにて・・・・・

このたび、といってもすでにしばらく前からのことですが、当寺の本堂・書院・ホール・食堂など建物内部と境内(山門等)をGoogleMap(ストリートビュー)で、360度画像にて公開しています。

ご遠方の方もGoogleMap上の宗圓寺にご訪問いただき、寺の内部を隅々までご覧ください。

360度画像をご覧になる場合は、こちらから⇒

または、グーグルマップで
      「宗圓寺(西本願寺)」を検索してください。

2017/08/07

今月の言葉(2017年8月)
  
  ※「今月の言葉」は、山門と通用門脇の各掲示板に毎月初めに掲示します。
    (山門脇の「言葉」は、真宗教団連合発行の「法語カレンダー」より)
  ※恥ずかしながら、住職が揮毫した「言葉」を掲示しています。


「金剛心は菩提心 この心すなわち他力なり」 
                 (親鸞聖人『高僧和讃』天親讃より)

和讃全文
 信心[しんじん]すなはち一心[いっしん]なり
  一心すなはち金剛心[こんごうしん]
  金剛心は菩提心[ぼだいしん]
  この心[しん]すなはち他力なり

現代語訳
真実の信心は、すなわち一心である。一心は、決して壊れることのない心すなわち金剛心である。金剛心は、さとりを求める心すなわち菩提心である。この心が、そのまま阿弥陀仏のはたらきすなわち他力である。

 ※一心・・・本願を信じて、二心(疑心)のないこと。本願は阿弥陀仏の衆生救済のための根本となる願い
 ※金剛心・・・阿弥陀仏の本願を信ずる心。他力回向の信心は、阿弥陀仏からいただく信心なので、何ものにも破壊されず、堅固不動であるから金剛に例える。
 ※菩提心・・・さとりの智慧を得ようとする心


「ほんものとにせものは
  見えないところの あり方でわかる」 (東井義雄師)

ほんものは、自分が信じ目指すことを追い求める中で行きつくものだと思えます。にせものは、自分に気持ちよく、他人によく見られたいと外見を取り繕う中ででき上がっていくように思います。そして、自分が目指すものがほんものかどうかがなかなかわからないのが現実です。飾る自分の服を1枚1枚脱いでいきたいものです。自分に都合の悪い評価を大切にするよう心掛けたいと思います。



<8月は盆・・・浄土真宗のお盆>

真宗門信徒は、「お念仏を称える人を極楽浄土へ迎えよう」と常にはたらいてくださる阿弥陀様を深く信じ、み教えを依りどころとしてお念仏申しながら日々暮らします。そして、この世の縁が尽きた時にお浄土に仏様として生まれ、その後は阿弥陀様と同じ仏様のはたらきをさせていただくのです。
お浄土に生まれたご先祖も、仏様として常に私のもとに至ってお浄土へ導いてくださいます。そうすると、お盆の間だけご先祖が帰ってくるということにはなりません。盆にはあらためて、阿弥陀さまやご先祖のおはたらきに感謝してお念仏申しましょう。



《「夏休み、親子で寺参り」 開催しました》

昨年から始めました「夏休み、親子で寺参り」を、今年は7月23日(日)に開催しました。昨年は残念なことに一人の参加者もありませんでしたが、今年は1家族3名の方の参加がありました。しかも遠路、岐阜県多治見市から小学校3年生男子とそのおじいさん、さらに名古屋市内在住の大おばあさんです。そこに住職の息子(小5)と坊守が加わって和気あいあいの中、熱心に住職の話を聞いてくださり、息子さんはお経に初挑戦。大キンも打ってみました。中ほどではおやつもありました。


2回目の催しで、内容的にはまだまだこれからですが、来年はさらに多くの方に参加していただけるとうれしいです。どうぞ、ご予定ください。


2017/06/30

今月の言葉(2017年7月)
  
  ※「今月の言葉」は、山門と通用門脇の各掲示板に毎月初めに掲示します。
    (山門脇の「言葉」は、真宗教団連合発行の「法語カレンダー」より)
  ※恥ずかしながら、住職が揮毫した「言葉」を掲示しています。


「功徳の宝海みちみちて 煩悩の濁水へだてなし」 
                (親鸞聖人『高僧和讃』天親讃より)

和讃全文
 本願力(ほんがんりき)にあひぬれば
  むなしくすぐるひとぞなき
  功徳の宝海みちみちて
  煩悩の濁水(じょくすい)へだてなし

現代語訳
本願のはたらきに出会ったものは、むなしく迷いの世界にとどまることがない。あらゆる功徳をそなえた名号は宝の海のように満ちわたり、濁った煩悩の水であっても何の分け隔てもない。

 ※本願力・・・阿弥陀仏の本願(以前からの願い)にそなわるすべての人々を救おうとするはたらき
 ※名号・・・一般にはすべての仏・菩薩の名を名号という。浄土教では、特に阿弥陀仏の名を指していう。親鸞聖人は仏の衆生救済の願いが南無阿弥陀仏の六字の名号となって衆生の上に活動しているのあり、摂取して捨てないという仏意をあらわす本願招喚の勅命であるといわれた。


「『モノ』のいのちを いとおしむ心」 (東井義雄師)

ラジオか何かで聞いた話なので本当かどうかわからないのですが、アメリカのどこかに世界中からその人生を終えた飛行機(旅客機)が廃棄される場所があるそうです。もうお客は乗せませんから任務を終えたままの汚れた状態で飛んでくるそうです。ところが、日本の航空会社の飛行機はきちんと掃除がしてあるそうです。立つ鳥跡を濁さずという言葉とは少し情景が違いますが、機体を掃除する作業員の気持ちがよくわかります。


<念珠[ねんじゅ]

 一般には数珠。浄土真宗では念珠ともいい、仏前で礼拝するときに用いる大切な法具です。数珠はもともと念仏の数をかぞえるものと言われてきました。しかし浄土真宗では、煩悩の身をそのままお救い下さる阿弥陀仏を仰ぐ法具として、礼拝のときには必ず両手にかけて合掌します。また、数珠はみ仏を思い起すよすがとなりますので、仏前だけでなく常に身につけ、嬉しいときも、悲しいときも、お念仏することが大切です。数珠を投げたり、人が歩く場所、例えば畳の上などに直接置いたりしないように、ていねいに取り扱いましょう。
 普通は単輪念珠(一輪念珠)を用いますが、僧侶が儀式で用いる双輪念珠は108個の珠で作られています。108はご承知のように、除夜の鐘の数であり煩悩の数です。

手にも念珠、心にも念珠をかけましょう。